百貨店を受け継ぎ、もう一度つくる。まつばや百貨店の歴史
創業者・西義正は、島に「ここへ来れば、ないものはない」百貨店を築きました。その原点を受け継ぎ、いま私たちはスタッフとともに、10の事業がつながる新しい百貨店をつくろうとしています。これは、かつての百貨店から、次の百貨店へ向かう物語です。
百貨店を築いた人から、
新しい百貨店をつくる私たちへ。
およそ100年前、西家は小値賀・五島へ渡りました。創業者・西義正は、島の暮らしに必要なものを集め、約400坪・4階建ての百貨店を築きました。その姿勢を受け継ぎ、いまのまつばや百貨店はスタッフ一人ひとりの経験と夢を10の事業につなぎ、時代に必要とされる新しい百貨店をつくろうとしています。
西 義正
島の必要を事業に変え、地域の未来を切り拓いた実業家。
海の仕事から商いへ、さらに地域づくりへ。小値賀の郷土資料を紹介する公開ページには、丸二商店が西傳栄によって1942年に創立され、1950年に合資会社となり、西義正が二代社長として発展を担った歩みが記録されています。海で培った雇用、相互扶助、命への感謝を商いへつなぎ、島に必要な仕事と次の可能性をひらきました。
漁船船団を組み、海の仕事を産業へ
西義正は、合資会社丸二商店の二代社長として丸二の漁業を率い、漁船船団を組織しました。1962年の郷土資料には、機動船19隻、無動力船5隻を擁し、平時約200名、盛漁期には約300名の働く場を支えた当時の姿が記録されています。本船・灯船・運搬船が役割を分担する船団操業は島の漁業を支え、のちに海外からの視察やノルウェーとの技術交流にもつながりました。
1962年、魚霊塔を建立
漁業で命をいただくことへの感謝を忘れないため、西義正は延命寺境内に魚霊塔を建立しました。公開されている1962年の『おぢか新聞』の記事には、従業員が参列し、魚霊供養と放生会を行ったことも記されています。事業の成長だけでなく、自然、命、働く仲間への敬意を大切にした姿勢を今に伝えています。
暮らしの声からスーパーマツバヤへ
漁業で得たつながりを暮らしへ広げ、西義正は合資会社マツバヤを設立しました。スーパーマツバヤをはじめ、衣料、靴、魚など、島で必要とされる商品と仕事を次々に形にしました。
地域の産業と文化を支える
西義正は有川町の初代商工会会長として、商工業の振興と雇用の拡大に取り組み、島への空港誘致にも尽力しました。また、佐田の山関の後援会会長を務め、地域の文化と人のつながりを支えました。鯨賓館ミュージアムに飾られている大相撲有川場所の記念写真には、西義正の姿も残されています。
異郷で根を張る力と、海で培った冷静さ。
西家に伝わる記憶をもとに、当時の地域の見方と丸二の現場で語り継がれた出来事を紹介します。
見知らぬ土地で信頼を築く
60年以上前の有川では、小値賀から移り住んだ人々について、見知らぬ土地で働き、信頼を積み重ね、地域に確かな居場所を築く人々だと語られていました。友人は、その姿をマツバヤと丸二の歩みに重ねていたといいます。
船団で海と向き合う
旋網漁は、本船・灯船・運搬船が細かな指示のもとで均衡を保つ仕事でした。阿瀬津時代には丸二漁生丸が転覆する事故も経験しましたが、乗組員は僚船に救助され、その後再び海へ戻り、やがて漁労長として現場を担いました。
難しい時ほど、落ち着く
事故の知らせを受けた時も、西義正は慌てず、まず落ち着いて状況に向き合うことの大切さを周囲に伝えたといいます。平時ではなく、困難な時にこそ責任を果たす。その姿勢は、現在の仕事にも通じています。
西家には、西義正の父にあたる先代も水産に関わり、商才に長けていたとの記憶が伝わっています。世代を越えて海と商いに向き合った経験が、丸二とマツバヤの土台になりました。
※創業期の記述には、ご家族に伝わる証言・所蔵写真・研修資料を含みます。今回追加した口述記録は、西家に伝わる回想をお客様向けに再構成したものです。年代や名称は資料ごとに表記が異なる場合があります。
西 義久
地域の足元を支え、次代の商いを築いた経営者。
まつばやから、靴の専門会社へ
西義久は合資会社マツバヤの専務取締役として、玩具店と靴店を統轄しました。その後、靴部門を有限会社として独立させ、1997年6月23日に有限会社ウエストを設立。シューズウエストを地域に根づく靴店へ育てました。
一足を売るのではなく、一人の暮らしを支える
子どもの初めての靴、働く人の毎日の靴、島を歩くための一足。お客様の声を聞き、必要な商品を揃え、シューズウエストを地域一番の靴屋と呼ばれる店へ育てました。創業者が島の必要を事業に変えた姿勢を受け継ぎ、西義久もまた、目の前のお客様の暮らしから商いを育てました。一つの売場を任され、事業として磨き、独立へつなげた歩みは、現在のまつばや百貨店が人に事業を託し、次の仕事を育てる考え方へつながっています。
経営をひらき、夢を社会のものへ。
プライベートカンパニーから、パブリックカンパニーへ。
志を持つ人に、経営をひらく
第三世代が目指すのは、家族の中だけで経営を引き継ぐ会社ではなく、志と責任を共有する人に経営をひらく会社です。創業者から続く志を受け継ぐ西 貴史と、外部から経営を担う代表者として迎えた切江 優、上 貴大。それぞれの経験と専門性を生かしながら、地域やお客様に必要とされる仕事を育てています。
100の事業と、100の夢が集まる会社へ
創業者が島の必要を仕事に変え、第二世代が専門事業を育てたように、第三世代は一人ひとりの夢を事業へ変える仕組みをつくります。「WE HAVE A DREAM」を合言葉に、働く人、取引先、地域、お客様とともに、100の事業、100の挑戦、100の夢が集まる百貨店へ。経営をひらくことは、会社の未来をより多くの人と一緒につくることだと考えています。
受け継いだのは、事業ではなく姿勢。
地域の声を聞く。必要なものを仕事に変える。人を育て、次の世代へつなぐ。創業者・西義正と第二世代の経営者・西義久が残したこの姿勢が、通信、物販、飲食、エネルギーなど10の事業へ広がり、百の事業が集まる新しい百貨店という現在の夢につながっています。
Timelineまつばやの歩み
- 1942–1950|OJIKA・GOTO
丸二商店から始まった、海と商いの物語
小値賀の郷土資料によると、丸二商店は西傳栄が1942年に個人営業として創立し、1950年に合資会社となりました。二代社長の西義正は丸二の漁業を発展させ、船団と働く場を育てました。海の仕事で培った相互扶助と、地域に必要なものを届ける姿勢が、のちのマツバヤの商いへつながっていきます。
- FOUNDING
創業者・西義正、合資会社マツバヤを設立
漁協の船員たちの暮らしを支えるため、創業者の西義正が合資会社マツバヤを設立。食料、日用品、衣料など、島の暮らしに必要な品を揃えました。やがて約400坪の敷地に、当時島内最大規模となる4階建ての百貨店を建設。「ここへ来れば、ないものはない」と親しまれる、島の元祖百貨店へ発展していきました。
- TO EVERY HOME
島の全世帯へ、本土の商品を届ける
「島のすべての人々に本土の商品を届ける」と約束し、リアカーで島の全世帯を回りました。地域の声を聞き、必要とされる商品を届け続ける姿勢は、現在のまつばやにも受け継がれています。
- ISLAND-WIDE EXPANSION
元祖百貨店から、島内5町へ
百貨店で寄せられるお客様の声をもとに、スーパーマツバヤ、まーるマツバヤ、衣料品店、靴屋、魚屋へと事業を展開。各事業を担った兄弟8人とともに地域ごとの暮らしへ応え、最盛期には島内5町すべてにスーパーマツバヤを構えるまでになりました。一つの店から島全体へ広がった歩みは、必要とされる場所に必要な仕事をつくる、現在のまつばや百貨店の原点です。
- FOR THE ISLAND
雇用と島の発展への貢献
西義正はその後、初代商工会会長として空港誘致や雇用拡大に取り組み、島の発展に大きく貢献しました。
- THE NAME MATSUBAYA
「まつばや」の名前に込めた思い
「まつばや」は松の葉を意味します。松の剪定になぞらえ、人を育て、会社を育てること。そして、古くから贈り物に添えられる松の葉のように、相手とお客様を尊重する会社でありたいという願いが込められています。
- 1962|OJIKA
延命寺境内に魚霊塔を建立
丸二商店の漁業を支えた海の命への感謝を形にするため、西義正が魚霊塔を建立。公開されている当時の記録には、従業員が参列した魚霊供養と放生会の様子も残されています。
- 1997.06.23
西義久、有限会社ウエストを設立
履物の販売を目的に有限会社ウエストを設立。シューズウエストを地域に根づく靴店へ育てました。
- 2015–2016|PRE-FOUNDING
「手のひらの百貨店」—創業前の構想
西義正が合資会社マツバヤを、西義久が有限会社ウエストを築いた歩みの先で、西貴史は、場所を越えて人・物・情報が集まる「まつばや百貨店計画」を構想しました。
当時は事業がまだ一つもなく、仲間もいない、ゼロからの出発でした。創業前の1年以上、現在の大名・スタートアップカフェの前身である天神スタートアップカフェへ通い、当時のコンシェルジュとの対話を重ねました。ビジネスの仕組みや考え方を整理し、人・物・情報をつなぐ「手のひらの百貨店」の発想を事業計画へ磨いていきました。そこで生まれた出会いと学びは、会社設立後の多事業展開や、地域と海外をつなぐ取り組みの土台になっています。

天神スタートアップカフェで、当時のコンシェルジュに「手のひらの百貨店」の事業構想を相談する様子。1年以上にわたる対話と支援を通じて、ビジネスの作り込みと、人・物・情報をつなぐ考え方を学びました。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 - 2016–2017|NAGASAKI・FUKUOKA
支援者と磨いた計画が、株式会社の創業へ
関係者の記録によれば、株式会社01のスタートアップ道場長崎で優勝し、高橋株式会社のBRIDGE INCUBATORによる支援を受けました。公式紹介にも、ブリッジインキュベーター協賛のピッチ大会で優勝し、国内外の事業機会を得たことが記録されています。
2016年7月15日、西貴史がまつばや百貨店株式会社を設立。「WE HAVE A DREAM」を合言葉に、人と人、物、情報をつなぐ会社として歩みを始めました。設立後間もない2017年には、福岡市が旧大名小学校に開設した官民共働型支援施設Fukuoka Growth Nextの立ち上げ期に、関係者記録上、入居企業として事業を磨きました。西義正が設立した合資会社、西義久が設立した有限会社から受け継いだ挑戦が、株式会社として次の百貨店づくりへ動き始めました。

開設当初、まだ誰も使っていないFukuoka Growth Nextのフリースペース。フリーアドレスの一席から、一人で「手のひらの百貨店」の構想を磨き始めました。ここで踏み出した小さな一歩が、やがて仲間や支援者、地域と海外へつながる出発点となりました。撮影:西貴史/無断転載・複製禁止 
2017年、Fukuoka Growth Nextのオープニングイベント。撮影:西貴史/無断転載・複製禁止 
入居時に初めて設けられた、まつばや百貨店株式会社の郵便受け。プライバシー保護のため他社名はぼかしています。撮影:西貴史/無断転載・複製禁止 
旧大名小学校を活用して開設されたFukuoka Growth Next。撮影:西貴史/無断転載・複製禁止 - 2017.01|ASSAM, INDIA
アッサム州へ。投資と人材交流の可能性をひらく
まつばや百貨店の関係者はインド北東部・アッサム州を訪問。関係者記録と所蔵写真によれば、当時の州首相サルバナンダ・ソノワル氏、科学技術・IT担当大臣らとの投資に関する意見交換へ参加しました。アッサム州が日本との投資、技能開発、学術・学生交流を模索していた時期に、長崎の企業として地域と地域をつなぐ可能性を探りました。
長い移動時間が、経営を学ぶ時間になった
この訪問では、元ソニー・インディア・ソフトウェア・センター社長の武鑓行雄氏と行動を共にしました。10時間を超えることもある車での移動中、インドでの事業経験や仕事への向き合い方について、時間をかけて話を聞く機会を得ました。
そこで学んだのは、仕事に臨む前の準備を怠らないこと、細部まで確認すること、そして機会を見極めたら大胆に行動することです。遠くへ踏み出すほど、準備と確認を丁寧にする。その考え方は、その後のまつばや百貨店の「インドシフト」に大きな影響を与えました。
あわせてインド情報技術大学グワハティ校(IIIT Guwahati)を訪問し、学生たちに日本企業で働く選択肢や、日本との仕事・人材交流の可能性を紹介しました。対話から学び、確かめたうえで一歩を踏み出す姿勢は、後のバンガロールでの活動、2018年のお薬手帳アプリ構想、海外人材・教育・IT分野への取り組みへ受け継がれています。

2017年、アッサム州首相サルバナンダ・ソノワル氏(左から2人目)との面会。中央は元ソニー・インディア・ソフトウェア・センター社長の武鑓行雄氏。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 車中での対話と学びに関する記述:まつばや百貨店関係者記録
- 2017.07|INDIA・BOOK DONATION
絵本を通じて、言葉を越えた学びを届ける
関係者記録によれば、まつばや百貨店の関係者は、地域イベントで寄せられた日本の絵本をインドの子どもたちへ届ける活動に協力しました。絵本のほか、文房具、楽器、子ども服、タオル、おもちゃなど、現地で必要とされる品も募り、協力者とともに責任を持って届けました。
絵には、言葉が分からなくても思いや物語を伝える力があります。事業や国境を越えて、必要とされるものを必要とする人へつなぐ。この活動は、創業以来受け継いできた姿勢を、教育と国際交流へ広げた取り組みです。
新型コロナウイルス感染症の拡大により、この活動の継続はかないませんでしたが、支援の思いは形を変えて続いています。現在も、できる範囲で日本赤十字社への寄付を毎年継続しています。
活動内容:まつばや百貨店関係者記録。子どもが写る写真は掲載していません。
- 2017.05.21|NAGASAKI・OMURA
復興支援映画『東北の新月』—2017ジャパンツアーを大村から
東日本大震災後の宮城・岩手・福島の沿岸地域で、日系カナダ人映画監督リンダ・オオハマ氏が約2年半にわたり被災した方々に寄り添い、2016年に完成させたドキュメンタリー映画『東北の新月(A New Moon Over Tohoku)』。喪失を抱えながら暮らしを取り戻していく人々と、取材を通して心の回復へ向かったオオハマ監督の歩みを記録した作品です。
まつばや百貨店は関係者記録に基づき、2017年5月21日、長崎県大村市で行われた同作の2017ジャパンツアー開幕上映を主催・共催として支えました。オオハマ監督が来場し、園田裕史大村市長も出席。作品の日本公開には、カナダ首相ジャスティン・トルドー氏からもメッセージが寄せられていました。

2017年、大村市で。左から当時の代表・西貴史、映画監督リンダ・オオハマ氏、大村コワーキングスペース「スコラ」代表・内海氏。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 大村で始まった2017年のツアーは、その後、広島、尾道、名古屋、大府、新潟県村上市などへ広がりました。地域の声に耳を傾け、国境を越えて人と人をつなぎ、記憶と希望を次の世代へ手渡す。事業の枠を越えて、地域に必要な出会いと学びの場をつくることも、まつばや百貨店が大切にする活動です。
上映会から続く、国境を越えたつながり
上映会をきっかけに生まれたリンダ・オオハマ氏との交流は、2026年現在も続いています。日本とカナダを行き来するなかで、まつばや百貨店を通じてソフトバンクの通信サービスもご利用いただいています。一度の催しで終わらせず、その後の暮らしや活動まで支える関係へ。人と人をつなぐ取り組みは、まつばや百貨店の通信事業にも受け継がれています。
主催・共催に関する記述:まつばや百貨店関係者記録
- 2017.08.05|BENGALURU, INDIA
スポーツを通じて、日印の若者と企業をつなぐ
「2017年日印友好交流年」の記念事業として、バンガロール・フットボール・スタジアムでベンガルールFC U-18とアビスパ福岡U-18の親善試合が開催されました。まつばや百貨店は、現地企業Silver PeakとともにMATSUBAYA名義で協賛し、会場での日印交流に参加しました。
言葉や商習慣が異なっても、スポーツには人と地域を近づける力があります。アッサムで始まった投資・人材交流の対話を、バンガロールでは若い世代と企業を結ぶ文化交流へ。インド企業との連携を、事業だけでなく、未来を担う人との関係づくりへ広げた取り組みです。

試合会場に掲出されたMATSUBAYAの協賛看板。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
現地企業Silver Peak、MATSUBAYA、Official Supporter各社が掲載された協賛案内。資料:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 - 2018.03|CHINA・SHENZHEN
長崎から、日中の革新企業フォーラムへ
一般財団法人日中経済協会が主催した深圳企業交流団に参加。2018年3月6日、国信泰九との共催による「中日革新企業フォーラム」で、「NAGASAKI INNOVATION」を掲げ、まつばや百貨店の事業構想と、長崎から新しい仕事を生み出す挑戦を発信しました。日本各地から集まった企業・大学・支援機関とともに、中国の企業や投資・産業関係者との交流を重ね、地域で育てた構想を世界へ届ける一歩となりました。
深圳で開かれた「中日革新企業フォーラム」。まつばや百貨店は「NAGASAKI INNOVATION」をテーマに、長崎から生まれる事業の可能性を発表しました。 - 2018.05|CHIANG MAI, THAILAND
アジアの起業家と、「新しい百貨店」の構想を共有
2018年5月、チェンマイ大学サイエンス・テクノロジーパークの北部サイエンスパーク開所記念イベント「Northern Science Park Debut: Thailand Regional and Global Connect」に参加。国際オープンイノベーションとスタートアップ交流の場で、「手のひらの百貨店」というまつばや百貨店計画を紹介し、海外の大学・行政・企業・起業家との連携可能性を探りました。

チェンマイでの発表・交流の様子。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
Northern Science Park Debutの記念写真。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 同じチェンマイで、現地の起業支援拠点The Brick Startup Spaceと交流・連携。関係者記録によれば、日本企業として初めての連携となり、その知見を長崎へ持ち帰って、福岡市スタートアップカフェとも連携したコワーキングスペースを開設しました。この事業はその後譲渡しましたが、国内外の人が交わり、次の仕事が生まれる「場」をつくる経験は、現在の協業・プロモーション事業へ受け継がれています。

The Brick Startup Spaceとの交流。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 - 2018.07|INDIA PROJECT
長崎大学とインドへ。「お薬手帳アプリ」を提案
長崎県内の学生と企業が協働する「長崎ブレークスループロジェクト」で、日本のお薬手帳の仕組みをインドへ届けるアプリ案を提案。まつばや百貨店は企業側の協力メンバーとして、学生による現地調査と事業化への挑戦を支援しました。2018年7月21日付の長崎新聞にも、その取り組みが紹介されました。その後、学生チーム「Meditech India(メディテック インディア)」は、2019年3月10日に開かれた「ビジネスくんち」で電子版お薬手帳アプリを発表し、最優秀賞に選ばれました。長崎経済新聞の記事
同年7月、当時の代表・西貴史は、長崎大学の学生代表、当時の学長、前年2017年11月に衆議院文部科学委員長に就任した富岡勉衆議院議員らとインドを訪問。長崎大学とインド情報技術・設計・生産大学カーンチープラム校(IIITDM Kancheepuram)の協議・調印の場に参加しました。大学、学生、企業、行政の立場を越えて、長崎発の構想を海外の教育・医療課題へつなぐ一歩となりました。

2018年7月、IIITDM Kancheepuramと長崎大学の協議・調印の場。当時の代表・西貴史も参加しました。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
IIITDM Kancheepuramを訪問した長崎大学の学生代表と、当時の代表・西貴史。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 長崎新聞「インドで『お薬手帳アプリ』」(2018年7月21日付)。歴史資料として記事の主要部分を掲載しています。 - 2018|KYUSHU・OVERSEAS SUPPORT
支援採択を受け、海外構想を現地で磨く
まつばや百貨店は、中小企業基盤整備機構の「平成29年度 海外ビジネス戦略推進支援事業」に採択されました。専門家の助言と海外現地調査への同行支援を受け、2018年1月22日から28日まで、インドの首都ニューデリーとバンガロールを訪問。構想を机上の計画で終わらせず、現地で確かめ、事業計画へ落とし込むための調査を行いました。
世界で事業を束ねる知恵を、インドで学ぶ
ニューデリーでは、金融機関や会計・会社設立の専門家を訪ね、資金調達や現地法人設立の条件を調査しました。さらに、元インド住友商事社長の中島敬二氏と、会食を交えて意見交換。長年にわたり日本と海外の事業をつないできた経験や、退職後もインドに残って起業した理由を直接聞き、異なる文化や組織をまとめる経営について学びました。
「手のひらの百貨店」を、現地の協力者へ
バンガロールでは、インド・日本商工会議所のP.N. Karanth氏、JCSSの久保木氏らと、会社設立、現地パートナー、今後の交流について協議しました。関係者記録によれば、「手のひらの百貨店」という構想を提案し、現地での会社設立や事業展開に協力いただける可能性について話し合いました。中小機構九州の国際化支援アドバイザー・福田俊英氏らと現地を巡り、人・物・情報を国境を越えてつなぐ事業の準備を進めました。
支援事業が終わっても、伴走は続く
福田氏は、大手総合商社で38年間、食品・食料分野の輸出入や国内外の投融資に携わり、海外4か国での駐在と欧州統括会社CEOを経験。その後、中小機構九州本部で約10年にわたり、中小企業の海外展開や拠点設立を支援してきた専門家です。EY Japanの地方起業家育成を目的とする「EYアクセラレータープログラム2024」ではメンターを務めるなど、地域から挑戦する経営者の成長を支える活動を重ねてきました。
関係者記録によれば、採択事業の終了後も折に触れてまつばやを気にかけ、声をかけてくださっています。「まつばやの将来をとても楽しみにしている」という言葉は、当時描いた海外構想を未来へつなぎ、挑戦を続ける力になっています。
この調査で得たのは、制度や市場の知識だけではありません。経験を持つ人の話を聞き、現地を歩き、協力者と構想を共有することで、海外展開は具体的な行動計画へ変わりました。ここで築いた関係と学びは、長崎と世界を結び、通信・物販・教育・ITなど多様な事業が集まる「新しい百貨店」を目指す現在の礎になっています。

ニューデリーで、元インド住友商事社長・中島敬二氏らと会食を交えて意見交換。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
バンガロールで、JCSSの久保木氏らに「手のひらの百貨店」構想を提案。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 現地調査の根拠資料:「平成29年度 海外ビジネス戦略推進支援事業 実施報告書」(2018年2月)。福田氏の同行、面談内容、協力の言葉に関する記述:まつばや百貨店関係者記録
- 2018|TOKYO・MEDIA & GOVERNANCE
地域の声を電波に乗せ、信頼を経営へ
関係者記録によれば、まつばや百貨店は地域情報を届ける「ハピプレ」の活動を支援しました。地域の人や取り組みに光を当て、声を電波に乗せる経験は、現在の通信・プロモーション・Webメディア事業へつながっています。また、高光産業とのご縁からTOKYO FMを訪問し、情報を広く届ける仕組みと、信頼される発信のあり方を学びました。
そのご縁の中で、故・第80代警視総監の井上幸彦氏と出会いました。井上氏から、警察は日本最大級の組織であり、その運営には明確な指揮系統、規律、責任が欠かせないと教わったことは、企業統治を考えるうえで大きな学びとなりました。井上氏が高光産業の顧問を務めていたことは、同社の公式会社概要にも記録されています。
関係者記録によれば、井上氏からは「百貨店構想が完成した時には力を貸す」との励ましをいただきました。その言葉を、法令遵守を土台に、社会から安心して任せられる会社をつくるという現在の姿勢へつなげています。

地域情報を届ける「ハピプレ」の活動を支援。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
高光産業とのご縁からTOKYO FMを訪問。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
故・第80代警視総監 井上幸彦氏との交流。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 出会いと励ましの言葉に関する記述:まつばや百貨店関係者記録
- 2018.12.27|GOTO・IPO MIND
上場企業の創業者から学ぶ。「夢を共有する経営」
2018年12月、まつばや百貨店は五島市で開かれた株式会社MTG・松下剛社長との意見交換会に、新上五島地域から参加しました。
MTGは同年7月に東京証券取引所マザーズへ上場。故郷・五島列島への寄附を機に開かれた講演と意見交換では、経営者自らが夢を持ち、その思いを仲間と共有することの大切さが語られました。
「準備ができたら、名古屋へ」
松下社長との対話を通じ、上場とは規模を拡大するだけでなく、夢を言葉にし、組織で共有し、社会への責任を果たし続けるための挑戦であることを学びました。
関係者記録によれば、「上場する準備ができたら、早く名古屋の本社へ」と声をかけていただきました。その言葉は、2019年に始めた上場準備と、2030年を見据えた現在の経営管理・人材育成・コンプライアンス体制づくりへつながっています。
地域から大きな夢を掲げ、仲間と共有し、数字と信頼で実現する。この出会いは、100の事業が集まる新しい百貨店を目指すうえで、経営の原点の一つになりました。

2018年12月27日、五島市で開かれた意見交換会。右から、当時の代表・西貴史、株式会社MTG 松下剛社長、当時の新上五島町長。撮影:西貴史/無断転載・複製禁止 
MTG松下社長との意見交換会。写真:西貴史/無断転載・複製禁止 松下社長との対話・言葉に関する記述:まつばや百貨店関係者記録
- 2019.04|OMURA・COMMUNITY
地域の人と、地域の居場所を手づくりする
2019年、大村市の商店街で、福祉、美容、飲食、農業、寺院、小売など、異なる仕事を持つ地域の皆さまと交流拠点づくりに挑戦しました。完成した場所を用意するのではなく、内装づくりから一緒に参加し、それぞれの知恵と仕事を持ち寄る。誰かの「始めたい」や地域の困りごとに、地域全体で応えるための場を目指した取り組みです。

異なる仕事を持つ地域の皆さまと、内装づくりから始めた大村市の交流拠点。写真:まつばや百貨店/無断転載・複製禁止 場を手放しても、地域との関係は続く
この活動を通じて生まれた大村市のスコラとの交流は、場所の運営を終えた後も続いています。現在、まつばや百貨店は、スコラと同じ代表者が運営する認定NPO法人schootの子ども・若者の居場所「まつなぎや」に、マンスリーサポーターとして参画しています。
事業の形が変わっても、人とのつながりと地域への役割は手放さない。地域の皆さまと場をつくった経験を、子どもたちが安心して過ごし、人や社会とつながれる居場所を支える活動へ受け継いでいます。
- 2019|SASEBO・EYEWEAR
佐世保でOWNDAYSを運営。新しい業態へ挑戦
まつばや百貨店は佐世保でメガネ店OWNDAYSを運営し、靴、通信、物販に続く新たな専門店事業へ挑戦しました。現在は事業を譲渡し、運営から撤退しています。
事業から離れても、人づくりの学びは残る
現在のOWNDAYSを再建・成長させた田中修治氏との交流を通じ、絶望的な状況でも決め切る意思決定力と、その決定を形にする実行力を学びました。そして、その力を組織に根づかせるためには、入社時の導入研修が重要であることを知りました。
異なる個性を生かす多様性、変化に対応する柔軟性、同じ目的へ進むための判断基準を最初に共有すること。OWNDAYS事業で得たこれらの学びは、接客や店舗運営の経験とともに、現在のまつばや百貨店の導入研修と人づくりへ受け継がれています。

佐世保で運営していたOWNDAYS店舗。現在は事業譲渡済みです。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 
当時の代表・西貴史(左)と、現在のOWNDAYSを再建・成長させた田中修治氏(右)。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 田中氏との交流、意思決定・実行力、導入研修、多様性・柔軟性に関する学び:まつばや百貨店関係者記録
- 2019|IPO PREPARATION
上場を目標に、経営管理と監査体制を整える
2019年、株式上場を本格的に見据え、有限責任監査法人トーマツと正式に契約し、上場準備に関する支援・助言を受けながら、経営管理とガバナンス体制の整備に着手しました。事業を増やすだけでなく、数字と管理の精度を高め、社会から継続して信頼される会社へ進むための準備を始めました。
- 2020|COVID-19
コロナ禍での選択。事業を手放し、会社を守る
上場準備に関する支援・助言を受け、経営管理体制の整備を進める中、新型コロナウイルス感染症が拡大。店舗や人の移動を基盤とする事業は大きな影響を受けました。コワーキングスペースや眼鏡事業をはじめ、育ててきた複数の事業を譲渡・撤退する決断を重ねました。それは挑戦の終わりではなく、雇用と会社を守り、次の挑戦へつなぐための「選択と集中」でした。
- 2021–2025|REBUILD
手放した経験を、次の事業づくりへ
コロナ禍で得た教訓をもとに、通信、不動産、教育、エネルギー、物販、飲食、デザイン・広告、芸能プロダクション、プロモーション、Webメディアの10事業を再構成。事業同士が支え合い、環境の変化にも耐えられる会社づくりを進めています。
- 2023.11|SHINKAMIGOTO・DX
島の未来を、通信でつなぐ。
2023年11月、まつばや百貨店は新上五島町長室で、町のICT化とデジタルを生かした地域づくりについて提案しました。構想の一つが、Googleを新上五島へ招き、島の未来を考える学びと交流の機会をつくる「Google Camp」です。
意見交換には、まつばや百貨店の主要取引先であるソフトバンク株式会社から、同町出身の田口部長にも参画いただきました。新上五島町長と直接、通信環境や行政・地域のICT活用、島から新しい可能性を生み出す方法について意見を交わしました。まつばや百貨店は、地域と企業双方の思いをつなぎ、対話と共創の機会をつくりました。
商品やサービスを届けるだけでなく、地域の声と企業の技術を結び、次の仕事と学びを生み出す。祖業の時代から受け継ぐ「必要とされるものを届ける」という精神は、デジタル時代の地域課題に向き合う取り組みへと広がっています。

新上五島町長室で行われたICT化に関する意見交換。地域の未来とデジタル活用について話し合いました。 
意見交換を終え、握手を交わす新上五島町長とソフトバンク株式会社・田口部長。写真:まつばや百貨店所蔵/無断転載・複製禁止 - 2026|DISCIPLINED GROWTH
「挑戦の次は、信頼で跳ぶ。」
成長を止めず、その成長を精度と信頼へ変える年へ。属人的な運営から再現できる仕組みへ、投資から回収設計の見える事業へ、採用から人が育ち任せられる組織へ。教育・通信・不動産を次の飛躍を生む重点領域とし、「やればできる会社」から「やると言ったことを実現する会社」への進化を目指します。
- 2030|NEXT TARGET
上場への再挑戦を、未来の約束に
一度止まった上場準備を、2030年を目標に再始動します。上場そのものをゴールとせず、事業の成長、強い財務基盤、人材育成、コンプライアンスを積み重ね、より多くの人と夢と責任を共有できるパブリックカンパニーへ。東証グロース市場で2030年から適用される、上場5年経過後「時価総額100億円以上」の上場維持基準も見据え、確実性のある成長を進めます。
- NOW & NEXT
10の事業から100の事業へ
地域や業種の枠を越え、百の事業、百のプロジェクト、百の会社が集まる本当の「百貨店」を目指します。成功だけでなく、手放した事業から得た学びも、次の夢を実現する力に変えていきます。
- FOURTH GENERATION|第四世代
好きな商品を、誇れる売り場へ。
次の百貨店は、現場から始まる。地域の声を聞き、必要を事業に変え、人と会社を育てる。創業以来受け継いできたアイデンティティも、挑戦から得た学びも、積み重ねてきた歩みも、すべてを第四世代へ渡していきます。
お客様にお届けするのは、私たち自身の「好き」が詰まった、自慢の商品です。実際に使い、「使ってよかった」「買ってよかった」と心から思えるものだからこそ、その魅力を自分の言葉で伝えたい。このページをご覧いただいている皆さまが、店舗やサービスで出会う事業部長・責任者・スタッフ。その一人ひとりが、商品への思いをお客様へ届ける「次の百貨店のつくり手」です。
お客様の「これが好き」「こんなものがあったら」という声と、現場で働くスタッフのアイデアや情熱が、新しい売り場を生み出します。次のまつばや百貨店は、遠い未来の計画ではありません。皆さまと交わす、目の前の一つひとつの会話から始まります。
まつばや百貨店は、まだ始まっていません。
いまある10の事業は、百貨店をつくる最初の売り場です。新しい仲間やパートナーとともに、一つずつ必要とされる仕事を生み出し、100の事業がそろったとき、まつばや百貨店は初めて本当のスタートを迎えます。私たちはいま、その開店へ向かう歴史の途中にいます。
Join Our Storyこれからの歴史を一緒につくる
新しい事業や地域プロジェクトを共につくる企業・団体・個人の皆さまを募集しています。
Inherited Spirit今も受け継がれる3つの精神
地域の声を聞く
島の全世帯を回った創業者のように、目の前の人の声から必要な仕事を見つけます。
必要を事業に変える
食料、衣料、靴、魚へと店を広げたように、暮らしの課題を新しい事業へ変えていきます。
人と会社を育てる
松の剪定のように、切ること・残すことを考えながら、人の可能性と会社の未来を育てます。
